本日正午、この国の存亡をかけた戦いに命を賭して護って下さった御英霊と尊い命を投げ出されたすべての先人達の御霊に謹んで追悼の誠を捧げ黙祷致しました
2年前のこの日、護国神社へ参拝した帰りに周囲を擁壁に囲まれた高速帯の道路で生まれたての子猫が捨てられていました
強引な止め方でしたがこの日だからこそ救いたい命がありました
その子は元気にうちで暮らしています
よく見つけるまで轢かれなかったと思いだすと血の気が引くような場所でした
しかし、私の勝手な解釈、この子は転生前、きっと御英霊に縁があり御英霊がこの子を護って下さったんだと思っています
車から放り投げたのかどうやって捨てたのかはわかりませんがいくつか虐待と思しき跡があった
同じくこの子より前に近所で捨てられてた子もその後に捨てられてた子も
解るかな?俺達がされて痛いと感じる事は動物も痛い
悲しい時は悲しい泣き方をする
嬉しい時は嬉しい鳴き方をする
怒った時は怒った鳴き方をする
私達と何も変わらない同じ感情をもった生き物である事に替わりはない
現在の我が国は戦後驚く復興を遂げ経済的には世界に誇れる国となり戦後を立て直した人たちに誇りを持ってもいい
しかし人間性には、民族性にはどのような違いが出てきているのか
現在の日本は平和な国とされ死者は戦前とは違う、でもその凶悪性、残忍性というのは戦前とは比にならない
決して先の大東亜戦争を全て肯定しているわけではない
英霊の言の葉をご存じだろうか
先人達の遺書を読むと明らかに現在と違う
先の大戦で多くの尊い命が奪われた
しかしその大戦をただ悪い戦争と位置づけるのではなく
断言できるほど学べる事があります
本日この日が現在終戦
記念日なるまるで喜ばしい日の様に騒がれているが多くの尊い命が失われた日が喜ばしい日なのか?
人間だけじゃない、米帝の暴挙により
東京広島長崎大虐殺を中心にどれほど多くの人間以外の生命が奪われたか
平和活動家と称する主な左巻きの勢力の全てがこの日を記念日と訴えている。神経を疑う。
右の勢力にしてもしかり、麻生が、首相が参拝を嫌がっているのに強要か?
御英霊への気持ちより国家の体裁が大事か?
小泉が今まで参拝しなかったのに辞職直前に半端な気持ちで参拝した。私はそれに大きな怒りを感じた。本当に感謝と慰霊の気持ちがあるなら靖国参拝は喜ばしい事でどんな干渉があってもするべきこと。
外圧や世論を気にして参拝出来ない人間が参拝するべきではない
命を賭した方々に失礼だ
そう思うのはわたしだけでしょうか?
話が大きくずれてしまって申し訳ありません
2年前の終戦の日(国辱の日)に出会った子猫の話をしていましたね
本日この記事を読んで下さった人にお願いしたいのは
御英霊の遺書を読んで頂きたい
命を無駄にしたといわれる戦争の遺書で人の痛みや子猫の命の尊さ
そして家族やこの国を守りたい
人間としての、
生きる者としての生き方、感情、全てを学べるはずです
また後日まとめれたらまとめます
中途半端でごめんなさいね
解ってくれたら嬉しいw
posted by さくら at 23:29| 大阪

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