2014年08月17日

想いを詠む 30

神風特別攻撃隊 万世特別攻撃隊
陸軍伍長 大畠寛 二十歳 栃木県出身
昭和二十年四月七日 散華


大東亜戦今や茲に四年を迎ふ
我生を亭けしより二十一年才、今日に至りたるは之れ一重に御父母上様の御自愛溢るる御生育の御賜と幾重にも厚く御礼申上げます
今や決戦に続く決戦、内地も愈々戦場と化し苛烈なる航空決戦の秋皇国空中勤務者の一員として今決戦の大空に羽博くことの出来るこの寛の胸中を察して下さい
況して栄ある特別攻撃隊の名の許に敵艦を屠ることの出来る痛快さ、男子の本懐之に過ぐるものなし
況して愛機と運命を共にするは之れもとより空中勤務者の本懐とする所であります
幸ひ一機一艦を屠ること出来得れば寛を褒めて下さい
不幸にして出来得なかったならば呉々も許して下さい
寛も出来得る限り頑張って米鬼の野望を覆す覚悟であります
男一匹 一度故郷を出で、戦場に征くからは無言の凱旋は覚悟の上 故に我々四人の兄弟は既に大君の御為に戦死して亡きものと思って下さい


辞世

さくら さくら若桜 今日は散りしも 明日は九段の花と咲く

昭和二十年四月五日出撃前

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posted by 神崎浩美 at 22:22| 兵庫 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 想いを詠む | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月06日

第十五回、最後の鶉野平和祈念祭

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姫路海軍航空隊設立から70年を迎える本年の本日、御遺族の方の高齢化等もあり、最後になる平和祈念祭が執り行われました。
この鶉野平和祈念祭はこのブログの想いを詠むで多く紹介させていただいています姫路海軍航空隊の飛行場跡地(当時のまま)で毎年行われておりました。
諸事情により本年の式典が最後と成り、陸上自衛隊青野ヶ原駐屯地、海上自衛隊阪神基地の皆様のご協力もあり盛大に執り行われました
写真は後日、弊社WEBサイトにて掲載します
勿論、この集いに集まるご遺族、関係者、参加した我々も様々な意見がございます
現在我が国を身命を賭して護っている自衛隊の皆様、凄惨な戦争の惨禍からの不戦、その惨禍の礎の為に立ち向かう
或いは議員からは防衛の主張等もありましたが
しかし靖国にしても各地の慰霊祭にしても然り。その意見を右や左から語るのは大きな間違いです
その想いを現在の価値観で語ってはなりません
慷慨死に赴くは易けれど従容死に赴くは難しい
その想いは明日への灯火になる筈です。考えなければなりません
誰の中で間違った太平洋戦争であっても聖戦の大東亜戦争であっても戦犯行為があろうと無かろうと
現在の我が国を護ったのは英霊の想いです
ただ、感謝の誠を捧げることが現代を生きる我々のあるべき姿であることを認識して頂きたい
美しく空に果てたり鶉野の 雲夕焼けて朱くたゆとう
鶉野平和祈念祭、慰霊祭は本年を以って最後となります
しかし、全国各地で同様に慰霊祭があります
思想に捉われず、万骨を枯らし、礎となった総ての御霊に感謝と哀悼の誠を捧げましょう

本日は小牧からも駆けつけて下さり、遠方、多忙の中、多くの方に参加して頂きました
心より御礼申し上げます
本日主催された御遺族、保存会の皆様、自衛隊の皆様、参加された皆様、暑い中御苦労様でした
posted by 神崎浩美 at 22:38| 兵庫 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 想いを詠む | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月23日

想いを詠む29

第六十六戦隊第六航空軍第一中隊
陸軍兵長 若林登子一 二十歳 埼玉県出身
昭和二十年五月四日散華 


特攻隊を送る
望み見る薩摩の干潟
常夏の国近けき如く
純血の若けき武夫
飛び立ちしかも知らす
露に明け拂ぎゆく暁もよひ
御詔かしこみ東の
空を拝みまつり噫今日も又
振武の士の大義にと出立つ
若鷲によらずんば神州を如何にせん
己を滅して悠久の大義に生きむと
緋をどしの 若武者の気
誰か知る此の意気あらむと
誰か知る生きゆく御魂を
一機 噫 又一機 明やらぬ 西行く方に
砂煙 露立つけむり 弦をえがきて消えゆく
今日よりは かへりみなくて大君の
醜の御楯と出立つ我は
噫 再び還り来ぬ人 還り来ぬ機
遥ぎみて 拝み祈る ああ振武の幸なる勲と
ああ白虎の幸なる勲と
posted by 神崎浩美 at 00:11| 兵庫 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 想いを詠む | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月22日

想いを詠む28

神風特別攻撃隊万世特別攻撃隊
第六十六戦隊第六航空軍第一中隊
陸軍兵長 若林登子一 二十歳 埼玉県出身
昭和二十年五月四日散華 


故郷の丁度五月中旬の、否六月頃の様な暖かいより寧ろ暑い太陽が
薩南の基地に照っています
昨日今日と続々同期先輩荒鷲が大地をけつて沖縄決戦場に出撃しています
初陣に嬉々として今日も又同期の桜が巣立って行きました
再び帰らぬ基地を後に登子一残念にも一回の出撃に取り残されて
無念の体を明日へと備えて整備に励んでいます
いよいよ散るときが参りました
きっと立派に散ってみせます
同期の若桜も遂に幾人か帰らぬ名を算へました
どんな事が起こっても、何も狼狽する事なく冷静に事を処せる事を確信しています
景色の良い薩南の基地に今を盛りと咲き乱れる桜の花
スヲウの花、花びらを散らして無残に残る菜の花
いろとりどりの美しさ
戦争をしているとは何も思えない感が致します
小さな麦の穂が忘れられた様に
青い芒をのぞかせているものも気候の早い薩南ならでは見られない情景です
故郷は如何していますか
いろいろと多忙の事と思います
もう家の様子も知る術もありません
今日よりは登子一の事は忘れて新しい気持ちで増産に励んで下さい
国に捧げた命です
何の未練あってたまるものでしょか
黄色く熟した夏みかんが我々の気持ちを如実に示して呉ます
希望の途に進ませて呉れた父母様始め皆々様の御期待にも能はずして散る
返す返すも無念なれど情勢には如何んともする事出来ません
最後に望みにてニ、三心落ち付くままを記して我が統べてを尽くします
祖父母家人揃って束の間
祖母様には特に孝養致すべき身にありながら先行く不孝何卒御許し下さい
若干未だ功ならず散るは唯々申訳ありません
然し登子一は未熟なれ共誠心以って初陣の桜と咲きます
無我の心境を悠久の大義に捧げます
父母様一日も安楽の日早かれと願いつも
祖国の危急に敢然征かざるを得ないあの日の登子一の気持御知りだったでしょう
登子一は暖かい家庭に育ちて後顧の憂いなく潔く散る事の出来る事を何よりの光栄としています
何十年振りの男の子として生れて家庭の愛撫を一身に受け
我侭の総てを尽くし孝養何等致さず南凕の空に散るを喜びとする登子一の気持ち御推察下さい
妹達の教養、弟の保育、何卒宜敷く老後の憂無き楽しみとなす様御導き下さる事を願って居ります
祖父母様には登子一孝養致すべきが至当なれど到らぬべき処
心行く許りの孝養に登子一の分までお尽くし下され何時までも睦み暮らされます様祈り致します
幼なけれど潔には心つきてより何知らざりし処慕い寄る可愛さ眼より去りし事無し
出発八幡社頭に誓いし我が心の疎通と信じ必ず登子一の分まで孝養すべき人間たらんと存じますれば何卒登子一と思い立派にお育て下さい
節子、里子、瑠璃子も元気で一日も早く父母に孝養すべく修養に力めよ
思い起こすとて更になし、潔良く命待ちて敵艦船と運命を共にせん
さらば
posted by 神崎浩美 at 23:57| 兵庫 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 想いを詠む | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月26日

尊皇討奸 二・二六

今日は2月26日
二・二六事件の日ですね

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大日本帝国陸軍第一師団、近衛師団をはじめとする各連隊、司令部、民間人等1483名、守衛隊75名計1558名の皇道派による
昭和維新断行の檄文を紹介

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村中孝次元陸軍大尉(陸軍士官学校事件、二・二六事件)

檄文

尊皇討奸の義軍は如何なる大軍も兵器も恐れるものではない
又如何なる邪智策謀をも明鏡によって照破する
皇軍と名のつく軍隊が我が義軍を討てる道理がない
大御心を奉戴せる軍隊は我が義軍に対して全然同意同感し
我が義軍を激励しつつある
全国軍隊は各地に蹶起せんとし
全国民は万歳を絶叫しつつある
八百万の神々も我が至誠に感応し加護を垂れ給ふ
至誠は天徳に達す
義軍は飽くまで死生を共にし昭和維新の天岩戸開きを待つのみ
進め 進め 一歩も退くな
一に勇敢、二にも勇敢、三にも勇敢、以って聖業を翼賛し奉れ

昭和十一年二月二十六日
維新義軍

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大日本帝国陸軍安藤輝三大尉(二・二六事件)

posted by 神崎浩美 at 23:26| 兵庫 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 想いを詠む | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月21日

想いを詠む 27

和気隊護皇白鷺隊
第一護皇白鷺隊第一区隊三番機指揮官
大岩虎吉少尉 大正8年生 愛知県出身

昭和二十年四月六日沖縄洋上にて散華

想いを詠む18で遺詠の一部を紹介した方の手紙(遺書)と
奥方様の為に詠まれた遺詠です

洗濯にも馴れ、炊事にも面白みを感じはじめ、今では何の不自由もないが
お前のことが気懸りだ。
身体を大切にして元気を充分回復するまでは、決して働こうなどといふ気を起こしてはいけないから
人生九十悠々たる長閑な気持ちで暮らす様にして下さい
僕の帰る日には、結婚当初の溌溂たる元気と若さで、一層美しくなっていて下さい
精神的にも美しく、肉体的にも美しい理想の妻として迎へて下さい

われはきく 愛欲苦悩の絶壁に 求めずしてしる 魂のありかを
なやみにも 世のかなしみにも さからはで くるしみなやむは をのつねなるか

遺詠

敷島の大和男子の
名を負ひて
にほいゆか志き
花と散らまし

われをきく愛欲苦悩の
ぜっへきに
求めすしてしる
魂のありかを

なやみにもおのくるしみにも
さからはで
しるしみなや無は
世のうねなるか

潔く櫻と共に
散りゆかむ大和男子の
名に恥ずして

九十七艦攻ヒメ三四ニ号機
posted by 神崎浩美 at 23:38| 兵庫 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 想いを詠む | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月05日

想いを詠む 26

神風特別攻撃隊 万世特別攻撃隊
飛行第六十六戦隊
陸軍兵長 平出忍澄 十八歳 新潟県出身
昭和二十年五月十六日散華


拝啓
久しく御無沙汰致しましたが、其の後自分も相変わらず元気旺盛です
父上が面会に来られて以来最早一ヶ月以上も過ぎました
除戸も雪の扉より開放され、春の訪れによって人の心もほぐれた事でせう
思へば早いものです
昨年の今頃は軍隊に入り日も浅く、故郷を巣立った時の固い決心も忘れて
時々枕を濡らしたことが思い出となりました
父上も母上も元気な事と思います
母上の面影を今一度拝見したいです
自分の大きくなったことは余り感じませんが
父母の写真を見るとその度毎に年を取られてゆくのが残念でなりません
愈愈決戦の年を迎へ、父上は寺役に、母は裏の畠に
それぞれ一生懸命に銃後の固めをいっかりやって居られることでせう
幸子も元気かな
女学校も四年になり、工場即学校で敢闘のことと思います
一里半の学校までの道を朝夕通ったら体もうんと丈夫になるでせう
工場内、特に日曹工場は空気が悪いから健康には大いに注意してください
弘子は一番下だと云って母上に甘えないやうに
そう云えば今年の春、女学校へ入学するのだね
うんと勉強して体を丈夫にして、兄の分まで父上母上の手伝いをして下さい
普通ならば入学の祝いに何かやらねばならぬのだが
其の分まで敵機をやっつけるからね
今年こそ血戦の年
いや今が其の時であります
神機は到来しました
宿敵撃滅の巨歩は進められつつあります
父上母上共総てを国家に捧げて下さい
自分も只々国に捧げるものは身一つ、全身全霊を打ち込んで
敵機をやっつけます
それでは皆々様体を大事にして下さい
東京の叔父さんにも宜敷く
兄上の処へも手紙を出したいのですが住所がわかりませんので残念です
それでは又、後程
便りのゆかない時は自分は常に元気ですから心配しないで下さい
草々
posted by 神崎浩美 at 22:27| 兵庫 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 想いを詠む | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年01月25日

想いを詠む25

神風特別攻撃隊 万世特攻隊
陸軍特幹 第六十六戦隊
陸軍兵長 長沢一郎 二十歳 北海道出身
昭和二十年三月二十九日 散華


出発に当たり言い残すことゝて今更無き事に候へど
常に思いしこと再び記して吾が遺言として度く候
弟芳明は日本男児として恥ざる様第一に身を丈夫に育て
国家に報ゆる立派な働きをする様望むで止まざる次第に御座候
小生御両親様の膝下に在りては何等孝養の真似事も
出来申さぬ内に母に先立たれ
又今や父の先に立たんとし不孝の数々今更乍ら心よりお詫び居り候
弟姉妹良く父に尽くし小生の分も果たす様
切に願い致し候
父上様も老齢のことなれば家中努めて明るく元気に精々長生され度
吾等が散りし後結果を見、幾分なりと国家に報ゆる点有り候へば
小生がせめてもの忠孝の一端と喜ばれ度候
されば小生も亦欣快に堪へず
帝国軍人として本望に御座候
又嫁ぎし姉妹よ、家は変はるとも血は変はらず
良く力を協せ自己の本分に精進されんことを希ひ候
南瞑の空に捧ぐ此の身何ぞ幸ひなる

posted by 神崎浩美 at 22:23| 兵庫 ⛄| Comment(0) | TrackBack(0) | 想いを詠む | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年01月22日

歌紹介 想いを詠む 北方領土



今回紹介するのは北方領土関連の歌では一番聴く歌です
北方領土の歌
そこにあるのに還れない
祖先の礎の下に開拓された島は無残にも奪われ
そしてその故郷の地を踏む事無くこの世をさる住民
故郷へ帰りたい想いを歌った曲です

三浦洸一歌唱
北方領土の歌
posted by 神崎浩美 at 00:29| 兵庫 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 想いを詠む | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年01月12日

軍歌紹介 想いを詠む



本日の想いを詠む軍歌編は怒りの思い
米帝による皇土に対する無差別爆撃と全てを焼き払った蛮行に対する
怒りが込められています
反米活動を始めた頃、活動に行く前にはこの歌を聴いていました

敵の炎 
作詞:サトウハチロー 作曲:古賀政男 

憎き翼が汚す 祖国の青空
怒り心に沸き立ち 握る拳ぞ
見よ無礼な姿 敵の翼をば
残らず折るぞ 近き日
このかたきを

赤く燃えてる空を 遥かに眺めて
母と我との誓いぞ 熱き力ぞ
あの炎の色を 胸に焼き付けて
必ず討つぞ 近き日
このかたきを

家は吹き飛び散りて 野原となるとも
堅き思いは消えぬぞ たぎる血潮ぞ
聴けアメリカの鬼 次はそちらだぞ
我等は征くぞ 近き日
このかたきに
posted by 神崎浩美 at 23:22| 兵庫 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 想いを詠む | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年01月03日

想いを詠む 24

神風特別攻撃隊 第一護皇白鷺隊
小室静雄少尉 二十五歳 島根県出身
昭和二十年四月六日 沖縄にて散華 ヒメ三四七機

拝啓
長らくご無沙汰に打過ぎ申しわけありません
私も初陣の栄誉を得る日がまいり、欣快にたへません
体当たりをもって先輩関中佐につづきます
悠久の大義に生きる
これこそ神風精神です
二十五歳の今年間で教育して下さった母様をはじめ
御祖父様祖母様、親類の皆様の御恩は絶対に忘れません
伯父様のいはれる「如何に死ぬべきか」といふ事が理解できます
今は無の精神です
この戦争で海軍搭乗員として参加することは
一家一代末代までの栄誉と思ってゐます
私が戦争に参加したからには死は当然の事です
絶対に悲しまないで下さい
清子(妹)も私の心中は良く理解出来ると思ってゐます
出雲大社も機上から拝し、隠岐も遠望しました
母様のご健康を祈ります


上記の遺書とは別に出撃前の小室少尉に伝言を聞いた毎日新聞の記者の方が
預かった絶筆

今日、元気デ征キマス 陛下万歳 草々 同乗ノ副島一飛曹ト
野田二飛曹ノ遺族ノ方ニ宜敷ク
posted by 神崎浩美 at 21:30| 兵庫 ⛄| Comment(0) | TrackBack(0) | 想いを詠む | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年01月02日

赫灼たる朝暉 八州を照らす



新年の一般参賀が行われました
陛下の御心に叛く事の無き様臣民一同
穢れを排し皇土の復興に努めることが大切です

天皇陛下皇后陛下が詠まれた八首

手術せし我が身を案じ記帳せるあまたの人の心うれしき

禍受けて仮設住居に住む人の冬の厳しさいかにとぞ思ふ

若き日に外国の人らと交はりし戴冠式をなつかしみ思ふ

弾を避けあだんの陰にかくれしとふ戦の日々思ひ島の道行く

様々の新しきこと始まりし明治の世しのび陵(みささぎ)に詣づ

今ひとたび立ちあがりゆく村むらよ失せたるものの面影の上に

幼な児は何おもふらむ目見澄みて盤上に立ち姿を正す

工場の門の柱も対をなすシーサーを置きてここは沖縄

何よりも臣民を案じ震災の復興と沖縄を想っておられます
美しき皇国の姿を取り戻しましょう


posted by 神崎浩美 at 21:30| 兵庫 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 想いを詠む | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月30日

慷慨死に赴くは易く従容死に赴くは難しい

生もなく 死もなくすでに 我もなし なかざらめやも ますらをのみち


また沖縄で二件連続米兵による犯罪が起こりましたね
まだ隷属国家から脱却することは出来ませんか
同胞が危険にさらされても
こんな他国に蹂躙され誇りを失い
原発に皇土を汚され想いを忘れた
腐った国の為に英霊は命を賭して戦ったのではない
目ヲ醒マセ


どうも、想いは明日への灯火seesaa,ameba管理人の神崎です
本年は多くの方に閲覧して頂き感謝致しております
外部のアクセスカウンターでは10分の1くらいしか反映されてませんが
サイトのアクセス解析見たら実際は一日40から90人ほどのアクセスがありました
はじめた3年前とは大きな違いがあります
やはり多少なりとも関心が変わってきたということでしょうか
思想的に見方が様々あるのは構わない
でもこのサイトで見ていただきたい英霊の想いを
先人たちの想いを
それを明日への灯火にしていただきたい


今日もまた黒潮おどる海洋に 飛びたち行きし友はかえらず


英霊の言の葉を通して日本人が日本人である為に想いを受け継いでいきたい
遺書や遺詠、当時のお話の提供も募集しております
御寄稿下さる方も居られましたら是非ご連絡下さい

忘れてはならない
この美しき皇国の山河は尊い礎のもとにあるということを

これで本年は最後の記事となります
関係各位の皆様には御世話になりました
来年も宜しく御願い申し上げます
それでは皆様よいお年を

想いは明日への灯火 神崎浩美 拝

seesaa8.jpg

ameba8.jpg

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posted by 神崎浩美 at 22:35| 兵庫 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 想いを詠む | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月22日

想いを詠む 23

神風特別攻撃隊 第一〇二振武隊第一降魔隊
第一〇二振武隊隊長 
陸軍少尉 天野重明 二十六歳 滋賀県出身
昭和二十年四月十二日散華


謹啓

その後貴兄には相変わらず元気にて御過ごしの事と拝察致し居候
敵米鬼遂に神州の一角硫黄島及び沖縄に上陸し
戦局とみに急を告げその前途我等の予測を許さざることに相成候
不肖重明今般この戦局を打開すべく米鬼撃滅の大任を
与えられ隊長として出陣いたすことと相成候
今年中頃出陣いたす予定なりしも
戦局の推移之を許さず今は出陣もあと数日に迫り候
かへり見れば数年の長きに渡り到らざる私をよく御鞭撻
ご指導くだされ御厚誼を恭うし誠に感謝感激に堪えず
厚く御礼申し上げ候
鶴舞公園の櫻、ニュートーキョーのジョッキ
小幡原の逃亡等今は懐かしい追憶と相成候
しかれども身は護国の鬼と化して三千年の歴史を守るべく
旺盛なる士気を以って必ずや部下十数名と共に
十数隻の空母、戦艦を道伴れに致す決意にて候
余猶無之未だ家へも知らせ非ず
我なき跡も旧来の如き厚情を賜り度御願い申し上候
時間許さば貴兄と最後の訣別を致し度
又旧約を果たすべく酒数本を持参致せしもその期つひに無く
残念に思い候
失礼ながら書面を以って最後の訣に代へ候
本七日貴兄を上空より訪問
お元気なる姿を遥かより拝見致し嬉しく思い候
尚若干の品私の親愛なる教え子にして部下たる横山軍曹に託し
候へば御受納下され度候
最後に貴家御一同様の御隆生を陰より祈り上候


昭和二十年四月七日

岡部辰己様に宛てた手紙
posted by 神崎浩美 at 22:41| 兵庫 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 想いを詠む | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月19日

想いを詠む 22

遺詠 絶筆

神風特別攻撃隊第七三振武隊

不惜身命
敵艦必沈

皇御国の もののふは 如何なる事をか努むべき
唯身にもてる 真心を わが大君に尽くすまで

陸軍兵長 木原愛夫 二十歳 福岡県出身 昭和二十年四月六日沖縄にて散華


いざ出撃男度胸意気で行く 

陸軍曹長 小林三樹 二十四歳 栃木県出身 昭和二十年四月六日散華


必勝を信ず 今ぞ征く 護国の御社へ
君と我愛と空の二重奏 晴れて語らう空の勝鬨

陸軍兵長 後藤寛一 十九歳 宮崎県出身 昭和二十年四月六日散華


死は生なるを銘肝し 七度生れて国を護らん

陸軍兵長 中澤流江 十八歳 東京都出身 昭和二十年四月六日散華



櫻咲く日本に生まれし男なら 七度生れて国に報いん

陸軍兵長 麻生末弘 十八歳 大分県出身 昭和二十年四月六日散華


神風特別攻撃隊第七四振武隊


さくらさくら若桜 今日は散りしも 明日は九段の花と咲く

陸軍伍長 大畠寛 二十歳 栃木県出身 昭和二十年四月七日散華



忠に死生無し 我殉皇に生く

陸軍軍曹 野口鉄雄 二十一歳 愛知県出身 昭和二十年四月十三日散華



大君の み旗の下に 死してこそ 人と生まれし 甲斐はありけれ

陸軍伍長 山本了三 二十一歳 高知県出身 昭和二十年四月十三日散華



神風特別攻撃隊第七五振武隊


戸庭無塵雑 虚室有余閑

陸軍伍長 福島保夫 十九歳 埼玉県出身 昭和二十年四月十二日散華


若鷲は 君が御楯と潔し 散りて美し 大和桜

陸軍伍長 小野田努 十九歳 愛知県出身 昭和二十年四月十三日散華


錦着て 白木の箱で九段坂 いざ吾征かむ 特攻隊

陸軍伍長 梅村要二 二十歳 東京都出身 昭和二十年四月十六日散華
posted by 神崎浩美 at 20:58| 兵庫 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 想いを詠む | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月10日

想いを詠む21

陸軍神風特別攻撃隊第六十二振武隊
昭和二十年四月六日万世特攻基地より出撃
陸軍伍長 丹羽修平 二十一歳 愛知県出身


酷暑の候家内一同様お変わりなき由安心致して居ります
お送り下さった「空豆」「梅干」「だらすけ」は確に受け取りました
空豆、梅干は戦友と分かち合い美味しくいただきました。
いつに変わらぬ母上の深い心づくしは何と云ってお礼を
云っていいかわかりません
ただ自分の心の中で有難いと云う感謝の心と母上の健康を祈るのみです
さて、先便にてお知らせありし遺髪、遺爪同封して送ります
何時何処のちにても大君の御為に散る覚悟でありmす
このこと母上にも宜敷くお伝えください
自分が一人前になる迄母上には数えきれぬ程の心配をかけ
又今でも色々御心配をかけて居る自分ではありますが
帝国の軍人としての一つの道はただ醜の御楯として潔く
任務を遂行することです
これが今迄受けた母上の御恩に報いることであり
皇恩に報い奉る道であると深く信じております
兄上は家の長として母上の老後をよろしく御願いします
自分の生涯はただ無より出て無に帰る心で居ります
現在の自分の住家の様に悠久に偉大に生きることが
自分にとって最大の望みです
その日の来る迄大いに修養に務め身体を鍛錬して
ひとに後れを取らぬ覚悟です
暑さ厳しき折お体を大切に

草々
兄上様  修平


丹羽伍長は自身の愛機に「すずか」と名づけたそうです
posted by 神崎浩美 at 20:44| 兵庫 ⛄| Comment(0) | TrackBack(0) | 想いを詠む | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月08日

本日は大東亜解放宣戦を記念する日

本日は皇紀二千六百一年昭和十六年十二月八日に白人至上主義打倒のために
我が日本、大日本帝国は亜細亜植民地化、奴隷政策に真っ向から立ち向かい
悪の枢軸国である米帝らに宣戦布告をした大詔奉載日です
亜細亜各国が植民地奴隷から解放、独立のきっかけになりました
この戦争をかつて侵略を受けていた、あるいは植民地だった国は
大東亜聖戦と呼んでいます
欧米白人至上主義に屈する事無く立ち上がり戦った亜細亜の誇りだと
様々な意見があるでしょう。悲惨だったことも事実でしょう
しかしこの熾烈を極めた大東亜聖戦に立ち上がった先人たちの誇りと
勇士がなければ現在の日本という国家も亜細亜の独立国も
支配されていたでしょう。
現在の日本はこの尊い先人たちの礎の上にあるということを忘れてはならない
私はこの大詔奉載日に感謝の誠を捧げ日本人として誇りに思います
posted by 神崎浩美 at 19:56| 兵庫 | Comment(0) | TrackBack(0) | 想いを詠む | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月06日

軍歌紹介 想いを詠む

私にとってのクリスマスソングでしょうかw
ノエルも近いですね。この時期になると聞きたくなる歌があります
雪の進軍。
歌詞を見れば胸が熱くなる内容です
でも曲調は明るく聞いていると楽しくなってしまう
サックスで聞きたいなと思う戦時歌謡であります
特に雪が降った日は自然とこの雪の進軍を聞いてしまう
とてもお気に入りの曲です
是非皆様も聞いてみてくださいね

雪の進軍



一、
雪の進軍氷を踏んで
どれが河やら道さえ知れず
馬は斃れる捨ててもおけず
ここは何処ぞ皆敵の国

ままよ大胆一服やれば
頼み少なや煙草が二本

二、
焼かぬ乾魚に半煮え飯に
なまじ生命のあるそのうちは
こらえ切れない寒さの焚火

煙いはずだよ生木が燻る
渋い顔して功名噺
「すい」というのは梅干一つ

三、
着の身着のまま気楽な臥所
背嚢枕に外套かぶりゃ
背の温みで雪解けかかる

夜具の黍殻しっぽり濡れて
結びかねたる露営の夢を
月は冷たく顔覗き込む

四、
命捧げて出てきた身ゆえ
死ぬる覚悟で吶喊すれど
武運拙く討死にせねば

義理にからめた恤兵真綿
そろりそろりと頚締めかかる
どうせ生かして還さぬ積り

posted by 神崎浩美 at 23:25| 兵庫 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 想いを詠む | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月03日

想いを詠む20

たらちねの
母を慕ひて梓弓
砕け散るとも
思いは忘れじ

2012120321350001.jpg


神風特別攻撃隊第六十二振武隊
陸軍少尉 富澤健児
4月6日散華
東京都出身 満二十三歳


危機を救うのは私達
其後皆々様お元気の事と存じます
この間はお忙しい所、わざわざお出下され、心から有難く思っております
傷の方はもう大丈夫ですから御心配なく
健児もいよいよ最後の御奉公の時が参りました
いままでの一方ならぬ御養育、深く深く感謝致しております
意気地なかった健児でしたが、どうぞほめてやって下さい
仇敵撃滅の為、健児は渾身の勇を奮ってぶつかって行きます
今の危機を救ふ者は私達です
この誇りをもって必ずやります
すでに戦友がやっています
今の今でも私の戦友は、後に続くものを信じてぶつかっているのです
黙ってゐられるでせうか、これが黙って見てゐられるえせうか
お父さん、お母さん、ほめてやって下さい
弟よ、妹よ、お父さんお母さんを大事にしてあげて下さい
お兄さんは死なない
遠い南西諸島の空よりきっときっと
皆様を護ってゐます
この身体は死んでもきっとお護り致します
近所の方々にくれぐれも宜しくお伝へ下さい

ではこれでお別れ致します
いろいろありがたうございました
さやうならさやうなら

富澤健児
(途中不明箇所あり省略)
posted by 神崎浩美 at 21:54| 兵庫 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 想いを詠む | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年11月28日

あゝ回天





今回の想いを詠む歌謡編はあゝ回天です
人間魚雷と呼ばれる兵器、回天
戦死は87名多くの若者が戦った
帰らざる特攻機。
アカが見たら言うだろう、なんてひどい兵器だと
それはそうだ。誰が見ても思うだろう
しかしこんな兵器に乗ってでもこの国を護ってくれた御霊は
そんな言葉は望んでいないかわいそうとかひどいとか
そんな言葉じゃない
ただ日本を護る為に命をかけて戦って下さった御英霊に
感謝の誠を捧げ、その想いを忘れないことだ

あゝ回天

作詞:山門芳馨 作曲:長津 義司

小山のうねり砕けて返る 征かば還らぬ特攻隊
十九や二十の若者が港徳山大津島
あゝ回天の基地なるか

貴様と俺は同志(期)の櫻 涙浮かべて歌いしも
二度と逢えない戦友に 別れを告げて勇み立つ
あゝ回天は出でて征く

(お父さん、お母さん、永らく御世話になりました
私は日本、祖国の為にお先にいってまいります
さようなら)

遺書を残して形見を置いて 今日は征くぞと肩を抱き
白の鉢巻 白襷 呼べど呼べどもあゝ回天
あゝ回天は還らない あゝ回天は還らない

通常レコード歌唱 山田実
()歌唱不明版
posted by 神崎浩美 at 20:38| 兵庫 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 想いを詠む | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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